卒業生からのメッセージ

お茶の水女子大学
理学部生物学科2年

2018年度卒

一日をやり切った仲間同士で
おしゃべりする時間が好きでした

 中学受験に興味を持ち始めた私に、和洋九段を薦めてくれたのは卒業生でもある母でした。聞けば、自分の娘を母校に入れることについて、当時の同級生たちとよく話をしていたそうです。母の思いはもちろん「YES」でした。入学式の日、母の笑顔が間近にありました。

 生物を筆頭に理数系の科目が得意な私は、どうやったら大好きな勉強に集中できるかを模索していました。ある日、パーテーションで仕切られた個別の自習ブースが備わった『スタディステーション』を利用し始めた瞬間、ここが私の居場所と気がつきました。中学時代は自宅学習が中心でしたが、テレビもお菓子もない集中できる環境がとても新鮮でした。夜8時まで勉強するのが私の日課で、時が経つのを忘れてふと我に返ると、同じようにがんばっている仲間たちの姿が周囲にたくさんありました。一人じゃないっていう安心感が私を支え、共に目標に向かって進むことができる日々を愛おしく感じていました。九段下の駅まで向かう道で、一日をやり切った仲間同士でおしゃべりする時間が好きでした。

 大学生になった時から『何事にも挑戦しよう』と決めて、大学生活を送っています。高2の生物の授業で担当していただいた先生のように、「生物学の世界ってきみたちが思っているよりもっともっと深いんだよ」と、学問追及のおもしろさを周囲に発信できる人になりたいと思っています。どんな大変な時も笑顔を大切にしながら、自らやるべきことの一つひとつに挑戦しています。

学習院大学
国際社会科学部国際社会学科4年

2016年度卒

成長してまた会いたい恩師が
いることの幸せを感じています

 小学校からの親友が、地元の公立中学で部活の部長をやり、学業も優秀で都内トップの公立高校に受かって…という話を聞いて、なかなか勉強に身が入らなかった私はショックを受けました。高校からは心を入れ替え、積極的に勉強と向き合うことを決めた私を応援してくれたのは、中1からずっと見守ってくれていた先生方でした。「今のあなたにはこんな勉強の仕方が合うから」と、その時々にタイムリーなアドバイスを頂いたおかげで成績が急上昇し、進路選択の幅が広がりました。中高の6年間を振り返れば、じっくり時間をかけて指導してくださった先生方の顔が浮かびます。私にとって母校は、自分を成長させてくれた場所でした。

 大学では今、海洋ごみ問題に取り組むNPO活動に力を入れています。主な担当は小中学校で行う出前授業の橋渡しで、和洋九段の先生方にも交渉中です。活動を通して母校の教壇に立てたら嬉しく思います。地球規模の問題に関心を持ったのは、高校時代の英語の授業がきっかけです。授業の始まりに必ず、「今日のヤフーニュースのトップは何?」と聞いてくる英語の先生がいました。答えられないと悔しく、次は絶対に答えてやると下調べをしてから授業に臨んだ3年間でした。ちょっと厳しい先生ですが、一方では憧れもあり、素敵な先生だなと思って慕っていました。先日、「NPO活動でお邪魔させていただきたい」とご挨拶しましたが、成長してまた会いたいと思う恩師がいる幸せを感じています。

バレエダンサー兼バレエ講師
株式会社キッズコーポレーション代表取締役

2013年度卒

10やる必要はないけれど
1やり続ければ次があります

 中学受験の際、好きなバレエを伸び伸びできる環境を求めて、母が勧める和洋九段を選びました。バレエを休みなく続けるためにも、高校受験がない中高一貫教育は重要なキーワードでした。活発すぎるくらいの生徒でしたが、入学式は貧血で倒れ、「あの子倒れた子だ!」と有名になったのが学園生活のスタートでした。

 とことんバレエ優先の学校生活で、校則をやぶって反省文を書いたことも一度や二度ではありません。夕方のレッスンに間に合わせないといけないので、とにかく駆け足で学校を後にしました。レッスンが終わって帰宅するのは23:00頃。「週末はどこで遊ぶ?」のような約束は私には無縁で、翌朝はいかに遅刻しないで登校できるかが日々の課題でした。そんな私を先生方は応援してくださり、中でもバレエ経験のある先生は、「一人ひとりに個性があるのだから、無理して人と同じ道を歩まなくてもいい」と言ってくださいました。その言葉がとても心強かったですね。学校にいる時はやるべきことをきちんとやり、外に出たら恥にならないことなら全力でやっていいと、そんなふうに背中を押してくれました。卒業後はドイツへ3年間のバレエ留学に出発し、プロとしての経験も積みました。10やる必要はないけれど、1やり続けていれば次があり、0になったらもうできなくなるということが多いので、好きなことは一瞬でもやめずにやり続けるべきだと私は思います。母校はそれを可能にしてくれました。

北海道科学大学
保健医療学部看護学科卒業
聖路加国際病院勤務

2014年度卒

病棟ナースの私が今も求める
校訓の『先を見て齊える』

 入学が決まったことを祖母に伝えると、「実はね…」といって嬉しそうに見せてくれたのが、年代物の和洋九段の校章でした。祖母と私は期せずして同窓となりました。中2から4年間、毎年文化祭実行委員として活動し、高2では実行委員長を務めました。化学の授業が好きになったのは高1の時の学年主任の先生がきっかけです。先生の化学の授業はとても面白く、特に数多い実験の時間はいつも新しい発見があって大好きでした。医療系の道に進むことを考えていた私は、「化学のテストだけは絶対に良い点を取る」と決めていました。

 具体的な進路を模索するようになった頃、がんとの闘病を続けていた祖母が、聖路加国際病院の緩和ケア病棟で亡くなりました。医師、看護師、薬剤師など、優秀な医療スタッフが文字どおりワンチームとなり、祖母が迎える最期のその時まで、温かく寄り添ってくれたのです。看護師の道をめざすことを心に決めたターニングポイントでした。私は今、大好きな祖母の緩和ケアに努めてくれたスタッフのいる、聖路加国際病院の病棟ナースとして働いています。内定をいただいた喜びを家族に伝えると、「これもおばあちゃんとの縁だね」と、必然的にそんな会話になりました。

 患者さんが退院を迎えるその日まで、看護師として今できること、やるべきことはないかと思いを巡らす日々の連続です。そんな中、頭をよぎるのが母校の校訓『先を見て齊える』です。常に事前準備の大切さを教えてくれる、母校からのメッセージです。

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